9歳でデビューし、キャリアはすでに19年目の伊藤沙莉さん。転機を経た今を“第2章”と捉え、新たなステージへと向かっているようです。
みんなにできない“普通”をやればいい
ーー思い出すたびに切なく、甘酸っぱい気持ちになれる“あの頃”が、誰しも心の奥にあるもの。9歳でデビューした伊藤沙莉さんにとって、それは20歳前後の時期。今でこそ映画にドラマに引っ張りだこの伊藤さんですが、当時は「死ぬほど仕事がなくて、バイトと車の教習所の往復だった」と振り返ります。
「今思うと、失われた青春を取り戻す時間だったんです。友だちとドライブしたり、オールで遊んだり。当時『ホイッスル』っていうヒップホップの曲が流行ってて、夜中にそれをかけながらみんなで口笛吹いて、コンビニで買った唐揚げを食べて……。それが私にとっての一番の青春。かわいいもんですよね(笑)」
ーー映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』もまた、過ぎ去った季節をほろ苦い気持ちとともに思い出す、普遍的な感情を描いた作品。舞台はバブル崩壊後の1990年代から、コロナ禍で世界が一変した2020年まで。社会と折り合いをつけながら生きてきた森山未來さん演じる主人公・佐藤の恋愛と友情が、時代の空気とともに生々しく鮮やかに描かれます。とりわけ印象的なのが、小沢健二、ラフォーレ原宿、WAVE、タワーレコード……と、各所にちりばめられた90年代を代表するカルチャー。リアルタイムでは経験していない94年生まれの伊藤さんの目にはどのように映ったのでしょうか。
「撮影前にその時代に流行ったものを知るための“講習会”みたいなものを開いてもらったんです。みんなで当時の連ドラの名シーンを観る、みたいな謎の時間もありました(笑)。年上のキャストの方も多いので、あの時代はこうだったよ、と聞かせてもらって。今以上に、みんなが自分の道を信じて、やりたいことに対して躊躇がない時代だったのかな。もちろん佐藤のように、そうじゃない人もたくさんいたと思うけど、今よりも自由に、何かを言ったり、やったりできる時代だったように感じます」
ーー伊藤さんが演じるのは、佐藤が20年以上経っても忘れられずにいる、初めての恋人・かおり。劇中では佐藤の目を通じたかおりしか描かれず、心情がはっきり描写されないため、役をつかむまでは試行錯誤したそう。
「最初はかおりが何を考えてるのかわからなくて、本当に難しかった。でも最終的には、かおり自身はべつに“人とは違う特別な子”というわけじゃなかったんじゃないか。きっと暗闇にいる佐藤だから、かおりが光に見えたんじゃないか。そういう解釈に落ち着きました。“なりたい自分でいる”ってことができない佐藤からすると、かおりがすごくキラキラして見えたんでしょうね。だから私は、楽しいと思ったら笑うし、悲しいと思ったら泣くし、みんなにできない“普通”をやればいいんだ、と思いながら演じていました」
ーー自分なりのかおり像をつかむまでは、「今までで一番悩んだ」と伊藤さん。その経験で学んだのは「現場で率先して意見を言うこと」だったそう。
「自分のお芝居だけでなく、それこそ美術についても意見を求められることがあって。ただし意見を言うのであれば、ちゃんと考えてから現場へ行かなきゃいけない。宿題が多いんです。本来は、宿題とか全部燃やしてやりたいと思うタイプなので(笑)、自分の意思で家に持ち帰ってまでやる、というのは今まではあまりなかったことですね。性に合わないと思っていたけど、ちゃんと考えて行った結果、意見を求められたときにすっと答えられるし、実のある話ができる。今後のお仕事にも活かしていきたい習慣だと思いました」
ーー本作のみならず、映画にドラマ、舞台と作品が続き、来年も主演作の公開が控える多忙ぶり。とはいえ、冒頭で話した19、20歳の頃は、「このまま仕事がなかったら、どうなるんだろう?」と立ち止まって考える瞬間もあったそう。
「そんなときに、ドラマ『GTO』で出会った飯塚健監督が、『3年がんばれば、絶対に状況は変わる。だから大丈夫』と言ってくれて。なぜそんなにはっきり言い切れるのかわからなかったけど、信じてみようと思える言葉の強さがあったんですよね。だから少なくとも3年はがんばってみよう、と。そこからがむしゃらにやって、3年経ったら、まず朝ドラが決まったんです。朝ドラってやっぱり影響力があって、学園ものを中心に出ていたときは知られていなかった年齢層の方にも認知してもらえるようになって。そして、憧れだった映画の主演をやらせていただけたのも3年後。仕事の流れも、自分の意識も、明確に変わった瞬間でした」
ーー伊藤さんにとっては大きな転機でしたが、「それがゴールではなく、むしろ第2章のスタート」ときっぱり。
「たまに『役の幅が広いね』と言ってもらうことがあるんですけど、自分では全然そう思ってなくて。苦手意識があって、手を出していないジャンルがまだまだたくさんあるんです。そういうイメージがないんでしょうけど、頭のいい役とかはやってきてないですし(笑)。ヒロイン役もそうで、どうしてもその立ち位置にいるのが落ち着かない。(森山)未來さんには言いませんでしたけど、顔合わせでも相手の方につい『私でごめんなさい!』って言っちゃうんですよ。でも、相手役のためにももっと自信を持ちたいし、まだまだ残っている苦手意識を、20代が終わるまでに克服しておきたい。それが今の目標のひとつです」
最新作『ボクたちはみんな大人になれなかった』
監督:森義仁/脚本:高田 亮/出演:森山未來、伊藤沙莉、萩原聖人、大島優子、東出昌大、SUMIRE、篠原篤
配給:ビターズ・エンド/11月5日(金)より、劇場公開およびNetflixで配信
1995年、ボクは彼女と出会い、生まれて初めてがんばりたいと思った。1999年、唯一の心の支えだった彼女はさよならも言わずに去っていった。志した小説家にはなれず、テレビ業界の片隅で働き続けたボクにも、時間だけは等しく過ぎていった。そして2020年。46歳のボクは、いくつかのほろ苦い再会をきっかけに、二度と戻らない“あの頃”を思い出す……。
©2021 C&Iエンタテインメント
お話を伺ったのは……伊藤沙莉さん
PROFILE
いとう・さいり/千葉県出身。近年の出演作にドラマ「いいね! 光源氏くん」「全裸監督」「大豆田とわ子と三人の元夫」(ナレーション)、「モモウメ」、舞台「首切り王子と愚かな女」など。今年6月に初のフォトエッセイ『【さり】ではなく【さいり】です。』を刊行。2022年1月よりドラマ「ミステリと言う勿れ」に出演。主演映画『ちょっと思い出しただけ』が2022年公開予定。
photograph:Chihaya Kaminokawa styling::Akane Yoshida hair & make-up:aiko text:Hanae Kudo web edit & text:Masako Serizawa
リンネル2021年12月号より
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