台湾出身の作家・温 又柔さん。3歳から日本に暮らす彼女が、台湾と日本の間で生きる心のありようを表現したエッセイ『私のものではない国で』。傷ついたことを「なかったこと」にせず見つめなおす、そんな姿勢が印象的な温さんの書籍インタビューです。
- インタビュー
- 新著『私のものではない国で』
- お話を伺ったのは……温 又柔さん
傷ついたことを、
知恵でなんとか乗り越えることができたんです
とても丁寧で、ほどけるように懐っこい笑顔の作家・温又柔さん。出身は台湾で、3歳で日本に移り住み、40年近く暮らす彼女は、普段話す言葉は当たり前に日本語で、書くときも、もちろんしかり。なのに多くの日本人は「ガイジン」とみなし、「普通であれ」という、同一化の呪いをかけてくる。そんな台湾と日本のあわいで傷つき、ゆらめきながら生きる心のありようを、あまたの言葉にしたエッセイ『私のものではない国で』が上梓されました。
「生きているとたくさんの感情を経験しているはずなのに、いくつかの感情だけが妙に忘れられないとき。そのひみつを探りたくて、知恵を絞って、自分を見つめなおすのが、私は好きなのでしょう」
前半は小さな頃から現在に至るまでのおよそ時系列で、さまざまなシーンで浴びせられた言葉、もやもやと渦巻く感情、ささった心の棘を丁寧に抜くように、繰り返し言葉にし、突き詰めます。
「何回も書くことで、自分自身のことを把握しなおしたいという願望が強くて。心にひっかかっていることをそのつど見つめなおしたら、どう見えるのか。経験した出来事は一度きりだけど、見方によって変わるので」
その象徴ともいえるエピソードが「安心して。名前さえ言わなければ、誰もあなたをガイジンとは思わない」というセリフ。
「そのひとことを忘れられない自分がいて、めそめそしたり、怒りを感じたり、自分は何に傷ついたんだろうと考えていたら乗り越えることができたんです」
まさにそれが温さんにとっての「書く」こと、そして「考える」こと。
「考えるために、書きます。書くことを通して、自分が傷つくことになったセリフを言わせた社会の力、磁場みたいなものに冷静に向き合えるようになった」
曰く「思考実験」を繰り返すうちに、ひとつの大きな〝気づき〞を得た温さん。
「私みたいな人もこの国にはいるんだよと伝えたい」とは言うものの「日本人を否定したいのではない」と、同時に念を押します。
「自分がかつて、つらかった過去を正直にさらすことで、読み手を責めたいわけじゃないんです。『すいません』と言わせることが目的じゃない。
ただ、私みたいな人があなたの隣にいるということを、自然に感じてほしい。心ある人と分断したいわけじゃなく、むしろその結びつきを探したい。これが、私の強い願望なんです」
新著『私のものではない国で』
気付かされるのは、自分にとっての居心地の悪い感情を「なかったこと」にせず、見つめなおし、掘り下げていくことで見える景色の崇高さ。救いのない内容のようにも感じるけれど、中に収録された後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)等との対談は、そんな著者が対話によって解放されていくようすも感じられ、溜飲が下がる。
お話を伺ったのは……温 又柔さん
PROFILE
おん・ゆうじゅう/1980年、台湾・台北市生まれ。両親ともに台湾人。幼少期に来日し、東京で成長する。2009年『好去好来歌』ですばる文学賞佳作、16年『台湾生まれ日本語育ち』で日本エッセイスト・クラブ賞、20年『魯肉飯のさえずり』で織田作之助賞を受賞。
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photograph:Shinichiro Soma text:BOOKLUCK web edit:Noriko Naya
リンネル2023年6月号より
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