CULTURE
:【織田コレクション ハンス・ウェグナー展 インタビュー】「ウェグナーの人生とデザインのプロセスの軌跡を体感して」織田憲嗣さん×田根剛さん対談
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20世紀の家具デザイン史を代表する、デンマークのデザイナー、ハンス・ウェグナー。
世界的な椅子研究家であり、北欧を中心とした近代家具のコレクターでもある織田憲嗣さんによる椅子や家具などのコレクションを一堂に集めた、国内でかつてない規模のウェグナー大回顧展が開催中です。
織田さんと、会場構成を手がけた建築家・田根剛さんに、世界で長年愛され続けるハンス・ウェグナーの魅力と、本展の見どころをたっぷりお聞きしました。
ウェグナーの功績と
デザイン哲学を振り返る

ハンス・ウェグナー 1990 ©Carl Hansen & Søn
1914年、デンマークとドイツとの国境の町トゥナーに生まれ、10代で家具職人としてキャリアをスタートさせたハンス・ウェグナー。
類いまれなクラフツマンシップと洗練されたデザインで、生涯を通して500種以上もの椅子をデザイン。北欧家具のなかでも特に人気の高い、代表作《ザ・チェア》(1949)や《Yチェア》(1950)など、多くの名作椅子を生み出しました。

ハンス・ウェグナー《Yチェア CH24》1950 織田コレクション Photo by Kentauros Yasunaga

ハンス・ウェグナー《ザ・チェア JH503》1949 織田コレクション
ウェグナーの椅子の、美しさと機能性、オリジナリティに魅了されたという織田さんのウェグナーのコレクションは、半世紀以上にわたる研究・収集活動の中核をなし、世界屈指の質と量を誇るといいます。
本展では、そんな織田コレクションから体系的に収集された椅子約160点と、そのほかの家具約20点を関連資料とともに紹介。世界で活躍する建築家、田根剛さんによる会場構成のもと、92年の生涯をひもとき、その功績とデザイン哲学を振り返ります。

ウェグナーの人生をたどる「Chapter1」。「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025〜2026年
デンマーク家具の頂点にいるウェグナー

「ウェグナーの椅子を体感」コーナーにて。左から織田さん、田根さん
会場構成を手がけた田根さんは、もともと東海大学旭川校デザイン科の教授である織田さんの教え子だったのだとか。
織田さん(以下織田):田根くんは建築科の学生でしたが家具にも興味があって、収蔵庫を見に来たり、家具に対する好奇心が旺盛でした。日本の建築家で、家具まで詳しい人は実はあまりいないんです。
北欧の人は建築家に限らず、家具のことをよく知っていて、幼い頃からよい家具に触れている。家庭のなかだけでなく、公共施設のなかでも著名なデザイナーのものが普通に置かれているのが大きいと思います。

《サークルチェア PP130》に座る田根さん
田根さん(以下田根):大学時代に織田先生の授業を聞いて、椅子の役割から教えていただきました。その後スウェーデンに留学して、北欧から家具を知ることができたのは自分にとって大きかったと思います。
北欧のデザインはある種まとまって見えていながら、フィンランドやスウェーデンは工業製品としてのデザインであるのに対して、デンマークはものすごく質の高い材料、職人の仕事、さらにデザイナーが作った世界がある。建築、デザイン、家具、社会、建築に対してのあり方から家具が生まれていて、圧倒的にレベルが高く、その頂点にいるのがウェグナーなんですよね。
今回改めて、それを知れたことは一番の学びでした。織田先生の言葉を借りれば、ウェグナーは非常に幅の狭いデザインではあるけれど、その分、人々の心に本当に深く取り組んだデザイナーの一人だと思います。

織田:ウェグナーが生涯を通して手掛けたのは一脚でも制作された椅子を数えると、800から820あるといわれていて、椅子の図面だけでも2000枚以上、テーブル、キャビネットを含むと数百枚以上あります。
今回は160脚しか持ってこれなかったのですが、これだけの規模はデンマーク本土でもおそらく開催されたことはなく、世界で最も規模が大きい展覧会になります。若い頃から1990年頃のデザインまで網羅しているので、《ザ・チェア》や《Yチェア》以外にも美しく、機能的で素晴らしいものがこんなにもあり、それが全部デザインの系譜として繋がっていることを、本展では俯瞰できると思うんです。

《Yチェア》の製作過程も見られる「Chapter2」。「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025〜2026年

田根さんの注目ポイントは、椅子に使われている木の年輪。「木に対する尊厳をしっかり椅子に宿しているところがすごいなと思います」
織田:デザインはプロセスが一番大切。ウェグナーがどのように問題点を見出し、次の作品で改良、改善していったのかというリ・デザインの系譜。その延長に新たなデザインが生まれていったということが、見るだけでわかると思います。
それをここ、渋谷で開催できるのが素晴らしい。若い方たちにもこういう本物の素晴らしいものを見て、今の生活を見直し、もうちょっと上を目指そうという気持ちになってもらえたらうれしいです。
ウェグナーの人生を体感できる会場構成

田根:織田先生の人生をかけて集められたコレクションであると同時に、ウェグナーのデザインを扱うこと、そこに流れている温かな愛情のようなものをどうやったら伝えられるか、プレッシャーがありました。
美術館のような整えられた環境ではなく、ホールという大きな場所でしかできないことをと考えたのは、ウェグナーの人生を劇場のような形でしっかりとした物語を作って伝えていくこと。デジタルが溢れる世の中で本物を見る体験、照明や7メートルある高い天井を活かして、初めてウェグナーを見た若い人たちが本物を見る体験を語れる場が作りたいと思いました。

暗闇に浮かび上がるような名作椅子がかっこいい「Chapter3」。「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025〜2026年
田根:ウェグナーが人生をかけて取り組んだ、木に対する畏怖の念、一つひとつ試行錯誤しながらデザインされたものづくり、またそれを作る工場の方々の取り組み、そしてそれを集められ、研究を重ねられてきた織田先生の厳しい視点。
織田先生は椅子を研究されているので、名作椅子だけではなく、オフィスチェアや子どもの椅子など、コレクターなら集めなかったであろうものもすべて集めていて。研究するためにはすべてを見なければいけないという織田先生の姿勢が、ウェグナーの人生と重なって、バトンとしてつないでくださったと感じたので、それを見てくれる人に伝えるような展覧会の構成にしたいと思いました。

「Chapter2」の家具モデラーの濱田由一さんによる、ウェグナーがデザインした椅子の5分の1スケールモデル。「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025〜2026年
160脚以上並んだミニチュアの椅子は、オリジナルに忠実に作られたもの。
田根:デンマークのデザインは、図面を描く前にまず5分の1のスケール模型からものを考えるというのがほかとは大きく違います。建築でいう模型と同じで、原型がそこにすべて詰まっているので、そこから材料取りに入っていく。模型がないと椅子が生まれない、非常に重要なプロセスなんです。

1940年代から1990年代を10年ごとにカーペットで色分けをしながら、ウェグナーの椅子と家具を年代を追って紹介する「Chapter4」。「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025〜2026年
田根:「Chapter4」では、80年前のデザインとは思えないようなクオリティと性能、時代に左右されないウェグナーの一貫した取り組みを見ていただきたいです。色分けは当時デンマークで流行った色を使っていて、時代は変わっていくなかでウェグナーの家具は一貫して変わらないという形で見せています。
舞台機構を使い、光がゆっくり変わっていくのは、美術館ではできないこと。夏の明るい光から冬の暗いろうそくの光まで、ウェグナーの椅子はいつもそこにあるという世界観を伝えられたらと思っています。
展覧会は体験がすべて。写真で体験したつもりになることができても、その場から吸収できるのは、やっぱり生の体験だけなんです。
前半では、デザイナーでも偉大な巨匠でもない、一人の人間が生きていくことと、一本の木から木取りして椅子を作ること。それをしっかり知ってもらってから、後半でウェグナーの名作椅子から、すべての椅子を一つずつ見てほしいですね。
人々や社会の幸せを願って作られた
ウェグナーのデザイン


「研究書としてウェグナーの本質に触れる、すごくよい本。勉強になります」と田根さんが語る、大充実の本展図録。¥4,325
織田:僕は厳しく見るので、なかには名作とはほど遠いというものも、汚れたものもあります。そういうものもできるだけオリジナルのまま残しておきたいので、張り替えもせず、そのまま出展しています。
やはりそこまで使い込んで、それがまたヴィンテージの市場に出ても、ものとしての力を失うことなく価値を損ねることもなく流通しているというのも、デンマークの人たちの家具に対する思いを感じられます。

使い込まれた《Side Chair CH33P》も展示。「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025〜2026年

本展のために再現復刻された、ウェグナーが17歳のときに作ったという《ファーストチェア》も初披露
織田:椅子は座るものなので、体験していただかないと本当のよさは伝わらない。決して安くはないのですが、ウェグナーの椅子は80年前のものも全然当時の光を失っていない。つまり20代で購入して、3、4世代使い込まれているわけですよね。減価償却を考えれば高いものではないんです。
むしろ、僕は椅子を買うときには少々無理をして高いものを買ってもらいたいなと思うんです。そうすると真剣にいろいろな椅子を見て、座って試して。そして無理をして買ったら大切に使いますよね。そこにも愛着が湧いてくる。そうやって人とものとの関係性をもう少し濃密にする必要があるんじゃないかと思います。

織田:丁寧な暮らしというのは結果的に美しい暮らしにつながり、美しい暮らしは心地よい暮らしにもつながると思っています。
デンマークの人たちが高い生活文化のなかから生み出したのがウェグナーであり、ボーエ・モーエンセンであり、ポール・ケアホルム。そんな著名なデザイナーの作品は、日常生活で使って、本当に心地よい暮らしを提供してくれます。

田根:織田先生が以前おっしゃった、“デザインは人々や社会の幸せを願って作るもの”という言葉がすごく印象的で。その願いがしっかりと込められているデザインこそが、人や社会、生活や文化の、よりよい豊かなものへとつなげることができる。そこにデザインの本質があると思っていて。
作ることが目的になったり、数字でものを測るのではなく、時間でものをちゃんと見つめるような生き方をしてほしいなと思います。
丁寧に作ったものには丁寧な時間がかけられているし、使う側も丁寧に使う。自分自身だけではなく、情報や消費を加速するものが脳を刺激するようななかでも、こういう丁寧に作られたものが人の生活や生き方を支えてくれる。それを伝えてくれるのが、デザインの力ではないかなと思っています。
開催情報

織田コレクション
ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ
ミッドセンチュリー期のデンマークデザインの範疇にとどまらず、20世紀の家具デザイン史における代表的な存在として語られるハンス・ウェグナー(1914-2007)。織田コレクションを有する北海道東川町の協力を得て、椅子や家具などを一堂に集めた、国内かつてない規模の大回顧展。
開催中〜2026年1月18日(日)
会場:ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)
10:00〜19:00
※12月31日(水)のみ18:00まで。入場は閉館30分前まで
1月1日(木・祝)は休館
観覧料:一般¥2,300、大学・高校生¥1,500、中学・小学生¥700
お問い合わせ先:050-5541-8600(ハローダイヤル)
PROFILE

椅子研究家・東海大学名誉教授。1946年高知県生まれ。髙島屋宣伝部に勤務する傍ら、椅子の収集活動を開始。以降半世紀以上にわたり近代家具、特に20世紀の北欧家具を研究・収集し、日用品として実際に使用することを基本理念としながら活動を続けている。1994年にコレクションとともに北海道へ移住。1997年、デンマーク家具賞受賞。2015年に「ウェグナーに関する研究成果を世界に対して発表し続け、ウェグナーの今日的な評価の向上に大きく寄与した」ことにより、審査員全員一致にて第一回ハンス・ウェグナー賞を受賞。

建築家。1979年東京生まれ。ATTA – Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立、2006年より、フランス・パリを拠点に活動。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future」をコンセプトに、世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』、『弘前れんが倉庫美術館』、『アルサーニ・コレクション財団・美術館』、『ヴィトラ・ガーデンハウス』、『帝国ホテル 東京・新本館』(2036年完成予定)など。主な受賞に、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞。
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photograph:Miho Kakuta text & edit:Mayumi Akagi
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