子ども、自分そして他者への理解につながる性教育は、人が幸せに生きるための知識です。思春期は心と体が急速に発達し、親子のコミュニケーションが難しくなる時期。今知っておきたい情報と家庭でできる対策について、40年以上性教育に携わる村瀬幸浩先生に教えていただきました。
お話を聞いた
村瀬幸浩先生 profile
世界の性教育は70年代から始まった
教員時代から、40年以上も性教育に取り組んでいる村瀬先生。社会のあり方はその間に大きく変わりましたが、その間性教育はどう変化したのでしょうか。
「私が性教育に取り組み始めた頃は、冷ややかな反応でしたね。性にはいろいろな側面がありますが、おもな理由として教育現場では“生殖のための性”だけが認められており、児童生徒には、性についての知識は必要ないのでは、というのがひとつ。さらに、性教育は男女平等を進める意味があるので、「性」についてそこまで考えられないという意識が強かった。今でもその傾向はなくなってはいません」
一方、ヨーロッパなどで今日のような性教育が始まったのは1970年代。それまではキリスト教のもと、保守的だった考え方が大きく転換し、性教育は科学や健康の一分野としてとらえられるようになりました。それらの国と日本との違いはどこにあるのでしょう。
性教育とジェンダーバランスはひとつの問題
「教育行政は政治の影響を受けているので、日本の政治の場に女性が少ないというのが大きな要因だと私は思っています。国もですが、地方議会は男性中心の自治体が大多数。性教育が不十分で困っている、という声が届きにくいのです」。
世の中のジェンダーバランスが、性教育のあり方にも影響しているのです。もちろん、日本の小中学校にも性教育の時間はありますが、授業時間は少なく、扱うのは、「思春期の体の変化」「妊娠・生命の誕生」「性感染症」ぐらい。「受精に至る過程=セックス」については高校まで取り扱わないという規制があるので、中学生は避妊を教わりません。一方、法律上の性交同意年齢(※刑法で、性行為への同意を自ら判断できるとされる年齢)は現時点で13歳という矛盾もあります。
「今は性に関する情報はあふれていますが、どれが正しいのか見極めが難しい。多くの子どもが性について正しい知識を得られないまま成長していくのです」
性教育=生殖にまつわる教育だけではない
さらに、世界では性交や出産はもとより、人とのかかわりや相手の立場を考えること、人権やジェンダー平等について、年齢に応じて学んでいます。これらは、「包括的性教育」とよばれ、ユネスコが「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」としてまとめています。
「性教育には、性の多様性や平等、誰かと性的に親密になるときに何が起こるのか、親からの自立など、大人になる過程で学ぶ必要のある、多くのことが含まれています」
そういった意味では、家庭での親同士の関係や子どもへの接し方も、性教育の一環になるのです。
思春期の子どものダイナミックな変化
家庭での親子の関わりでいえば、変化が生まれるのが思春期。
「ご存じのように思春期は、性ホルモンの影響で見た目も大きく変わりますが、脳も大きく成長する時期なのです。特に激しい怒りや愛情、嫉妬や欲望などの情動を生み出す大脳辺縁系の成長が著しいのです。思春期の子どもの感情が急に荒々しくなったり、あとさき考えない行動をしてしまうのは、ある意味当然ともいえます」
子どもが思春期に差し掛かったから、そろそろ性教育を......と考える人も少なくないはず。けれど、ちょっと待って。「思春期の子どもが、性に関する話を親に聞いてくることはまずないでしょう。親からも伝えないほうが、むしろ自然な親子関係です」と、村瀬先生。生殖にまつわる話は、中1までには済ませておくのが望ましいといいます。しかし、思春期になったら親の出番がなくなるのかというと、そうではありません。
「子どもが小さいときは、抱きしめて触れ合って愛情を伝える時期(タッチング)。そして思春期は、触れ合う機会は少なくなるけれど、子どもの話にはいつでも耳を傾けるという、親の姿勢を示す時期でもあります(リスニング)。これを私は『タッチングからリスニングへ』と呼んでいます。思春期を境に子どもは自立していきます。そのとき親が関わり方を変えていくことが必要なのです。思春期の親ができることは、おもにふたつ。家庭で子どもが心配事を相談できる空気をつくること。そして、親自身が性についての考えをアップデートすることです。子どもは大人の行動をよく見ています。親が性差別的な言動をしたり、同性愛者へ侮蔑的な態度をとれば、子どももそれが正しいことだと思ってしまいかねません」
親が子に教える“バウンダリー”とは
さらに、思春期の子どもの変化について、理解が必要なことが。
「子どもにちょっと注意をしただけで、激しく反発されたり、何を聞いても答えない姿にショックを受けることがあるかもしれません。しかしそれは子どもが“バウンダリー”を学ぶ過程です」
バウンダリーとは、人と人の間にある心理的な境界線。親子のように親しい関係でも、他人と自分の間に線引きをすることで、対等な人間関係を築くことができます。それをすることで、他人がやるべきことを自分が背負ったり、他の人の感情のフォローで疲弊することが少なくなります。
「バウンダリーをつくるには、“NO”の意思表示ができることが大切。これが、性被害やハラスメントを防ぐためにも大切なのです」
NOと言える力は生きるのに必要
思春期の子どもはその第一歩として、身近な親に“NO”を突き付けています。親はよかれと思ったことでも、自分の考えを押し付けたり、子どもが話したくないことを無理に聞き出したりするのは避けて。
「家庭で親がバウンダリーを越えた接し方をしていると、子どもはバウンダリーの築き方がわからなくなります。親は子どもの『ここからは私の領分』『これ以上話したくない』という気持ちを尊重することです」
もちろん、親は自分の考え方を伝え、行動の責任は子ども自身がとらなければいけないと伝えることが大切。
「子は親離れ、親は子離れするのが思春期です。小さかったころには思いもよらぬ出来事で、ときには親自身が傷つくことがあるでしょうが、きれいごとで済まないのが思春期の子育てです」
子どもが自立し、生きるためのスキルを身につける支援をすることが、家庭における性教育の核心です。
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text:Ema Tanaka illustration:Acha Sugizaki web edit:Riho Abe
リンネル2023年4月号より
※画像・イラスト・文章の無断転載はご遠慮ください
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