俳優として、さまざまな映画やドラマで活躍がめざましい岸井ゆきのさん。2022年7月15日に初の著書となるフォトエッセイ『余白』を上梓しました。表現者として、役への向き合い方や俳優仲間とのこと、想いを少しずつ丁寧に書き綴った一冊です。
あの頃の自分は大切な話し相手でもあるし、しがらみでもありました
本当は感じている。ちゃんと受け取っている。だけど、いざ聞かれるとうまく答えられない。答えたくない、という気持ちもどこかにある。
「映画を見たり、読書をしたりしても、それについて人と話すことがあまりなくて。ひとりで完結できる。ものすごい感動して、心が動いたりするけど、何ひとつ言葉にできない。こんなにも......たくさん思っていることがあるのに」
ぽつり、ぽつり。心地のいい間を置きながらそう答えてくれたのは、岸井ゆきのさん。近年、俳優としての活躍がめざましい彼女ですが、自身のこととなると、ずっと苦手意識があったと言います。
「あまり、人とお喋りをするのも得意なほうではなくて。聞くほうが多かった。聞かれても、自分が何を思って、何を伝えたいのかがわからなくなってしまうんです。言葉にならなくって......黙っちゃって」
一個人として、それはひとつの大切なパーソナリティ。しかし表現者として、何かと意見を求められる機会が多い彼女。
「これではまずい」と、思いを言葉にすることに取り組みます。最初は箇条書きから、やがて習慣となり、そしてここに1冊の本を上梓するまでになりました。それがフォトエッセイ『余白』です。綴られているのは、役への向き合い方や、俳優仲間とのことなど、ファンならきっとおもしろく読める現在のこと、だけでなく、封じ込めていた過去、友達のいなかった10代、冒頭のような自分自身がかたちづくられるまでの心の物語にも、深く筆は及びます。
そんな中での手綱となった「つくりものだと思えない。ほんとにあることのように感じていた」という映画は、岸井さんにとってとても大きな存在となり、やがてつくる側にまわるまでが書かれています。この本は、過去を思い出すような作業でしたか?と質問すると、首を横に振ります。
「当時のことは、忘れてない。ずっとありました。あの頃の自分は大切な話し相手でもあるし、しがらみでもありました。だから、自分で自分を傷つけるようなことかもしれないと思ったけれど......」
ひとつ間をおくと、やや明るい表情に変わります。「そんなことはなかった。意外と楽しかった。それは、今がいいから」。言葉にすること、心に秘めておくことのメリハリがついたと言います。
「ずっと、どうどうめぐりだったのが、言葉にすることで、“置いていく”ことができた。あの頃の自分に、ちゃんとケリがつけられたような気がします」
フォトエッセイ『余白』
岸井ゆきの/¥1,980(NHK出版)
30歳を迎える著者による、53編のエッセイと撮り下ろし写真、そして本人秘蔵のスナップで編み上げた本書。これまで出演してきた作品の舞台裏エピソードはもちろん、幼少の頃から現在に至るまでの秘めてきた胸のうちを丁寧に掘り下げ、大切に言葉にしているゆえの、繊細かつ密度のある筆致が光る。まとまらない言葉を生きる人への、共感と救いを呼び起こす。
お話を伺ったのは……岸井ゆきのさん
PROFILE
きしいゆきの/俳優
1992年2月11日生まれ、神奈川県出身。2009年俳優デビュー。以降映画、ドラマ、舞台とさまざまな作品に出演、多くの新人賞を受賞。今年も映画『神は見返りを求める』『犬も食わねどチャーリーは笑う』や、ドラマ『パンドラの果実〜科学犯罪捜査ファイル〜』など出演作多数。
photograph: Suguru Kumaki text:BOOKLUCK web edit:Riho Abe
リンネル2022年9月号より
※画像・文章の無断転載はご遠慮ください
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