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:【映画『パリ・ブレスト』インタビュー】 天才パティシエのヤジッド・イシェムラエンさんが教えてくれる、夢をかなえる方法
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22歳という若さでパティスリーの世界選手権のチャンピオンに輝き、南仏に店舗を構える人気パティシエ、ヤジッド・イシュムラエンさん。彼の自伝をもとに、波瀾万丈な半生を映画化した『パリ・ブレスト〜夢をかなえたスイーツ〜』が公開中です。この映画で共同プロデューサーも務め、来日したヤジッドさんに、映画に描かれた自身の半生について、また映画を通して伝えたいことについてお話を伺いました。
【映画『パリ・ブレスト』インタビュー】 天才パティシエのヤジッド・イシェムラエンさんが教えてくれる、夢をかなえる方法
自身の半生を実話を元に映画化

モロッコ出身の両親のもと、フランスに生まれたヤジッドさん。父親の顔を知らずに育ち、母親はアルコール依存症で育児放棄。2歳半からホストファミリーに預けられ、8歳で里親のもとを離れて児童養護施設で暮らします。
過酷な環境で過ごしていたヤジッドさんにとって、唯一の楽しみはホストファミリーの家で団欒しながら食べる、手作りのスイーツ。いつしか自分も最高のパティシエになることを夢見るようになったそう。
そんなヤジッドさんは、フランスのチームリーダーとして参加した「Gelato World Cup(冷菓世界選手権)」で世界チャンピオンに輝き、現在は南仏に店舗を構え、パリでも新店舗を準備中。ディオールやルイ・ヴィトンなどの高級ブランドとのコラボレーションも話題の人気パティシエに。
このたび、ヤジッドさんの波瀾万丈な経験を綴った自伝『Un rêve d’enfant étoilé: Comment la pâtisserie lui a sauvé la vie et l’a éduqué(星の少年の夢:菓子作りが彼を救った理由)』が映画化され、日本でも公開がスタートしました。

ヤジッドさんは本作で共同プロデューサーも務め、監督選びやキャスティング、劇中に登場するすべてのスイーツの監修も手がけたそう。
「映画化が決まってうれしかったと同時に、ストレスも感じました。僕の人生は順風満帆だったわけではないので、映画化することによってがっかりする人もいるのではないかなと心配になったんです。できあがった映画を観て、いろいろな感情が込み上げてきました。一言で言うと“感動した"なのですが、ポジティブな意味合いと、苦しかった時代を視覚化したので胸の痛むような懐かしさを感じました」とヤジッドさん。
また、この映画の主役を演じたのは、TikTokで6,600万人のフォロワーを持ち、映像クリエイターとしても活躍するリアド・ペライシュさん。劇中、鮮やかな手さばきで、美しいスイーツを次々と作ります。
「リアドさんには3か月間、僕と僕のスタッフと一緒に研修を受けてもらったんです。僕たちのやり方を完璧にマスターしてくれたので、演技のなかに嘘がありません。劇中のスイーツは、本物の素材を使うことにこだわりました」
過酷ながらも、恵まれていたと感じる子ども時代

預けられたホストファミリーの息子さんがパティシエだったことをきっかけに、お菓子作りが人生で欠かせないものになったというヤジッドさん。実母からの愛はなかなか感じられなかったものの、ホストファミリーや学校の先生、研修先のシェフなど、才能を認めてくれた人の存在が大きかったよう。
「僕はすごく恵まれていたと思います。この映画の原題は『À la belle étoile(フランス語で“美しい星”)』なのですが、野宿をするという意味もあり、それと同時に星に見守られている意味も込めています。本当にいいタイミングで、いい出会いに恵まれてきたなと思います」
僕にヤキモチを焼く人もいましたけど、と笑うヤジッドさん。人生がよい方向に向かうと、出鼻をくじかれるような経験をたくさんしてきたことが映画を観るとよくわかりますが、どんな辛いことがあっても常に前向きに「世界一のパティシエになる」という気持ちを持ち続けたことが成功に繋がったといいます。
「僕自身、本当に下の方からはい上がっていった人間なので、障害が目の前に現れたからといって、諦めることはやっぱり考えられないんですよね。なぜなら障害は、僕の人生の日常の一部なんです。だから足を一歩ずつ前に進めていくしかない、そう考えていました。
周りには悪い誘惑もたくさんありましたが、それに勝てるだけの飢餓感が自分の中にありました。いろんなことが自分には欠けていた。だから大人になったときには、欠乏感を感じない生活をしたいという思いが、すごく大きかったんです。そういう生活をするためには、真面目に働いて勝ち取るしかないと思っていました」
生きるために始めたお菓子作り

ヤジッドさんは14歳の若さで、パリから180kmも離れた田舎町エペルネにある寄宿舎に暮らしながら、パリの高級ホテルのレストランで皿洗いからスタート。ときには終電車を逃し、野宿をしながら必死に学び続けたそう。
「お菓子作りは学校で学ぶのではなく、自分で学ぶしかなかったんです。若い頃から成長しなくてはという気持ちがとても強かったので、最初は皿洗いでもいいと、現場に自分の身を置きました。師匠に弟子入りして、一番下から学ぶというのは、おそらく寿司職人も同じだと思います。
ただチャンスは絶対に逃しませんでした。チャンスの裂け目が目の前で開いてきたら、さっとそこに入り込む。そんなイメージです」

そんなヤジッドさんの人生を大きく変えたのは、映画のクライマックスでもあるパティスリー世界選手権のコンテスト。芸術的で美しいスイーツの数々も、この映画では見どころです。
「あのシーンは映画的な演出もありますが、ほとんど事実。あのシーンで登場する氷菓も、実際に僕が作っています」

日本のタイトルになっている「パリ・ブレスト」は、ヤジッドさんが一番好きだというフランスの伝統的なお菓子。リング状のシュー生地にプラリネ風味のクリームをはさんだお菓子ですが、ヤジッドさんが作るのはフォークを刺すとパリッと割れ、中からクリームがとろけ出す、伝統とモダンを融合した「パリ・ブレスト」。見た目も全く違います。
そのほか、大きなさくらんぼの形をしたチョコレートのコーティングが特徴的な「フォレ・ノワール」など、ヤジッドさんが作るものはどれも芸術的。そのアイデアの源は?
「僕は世界各国を旅行するので、そこで見るアート作品や建築もインスピレーションの源になります。それからもうひとつ大きいのは、オートクチュールですね。オートクチュールのコレクションは欠かしません。どのようなディテールが手仕事で施されているのか、それをお菓子としてどのように変換することができるのかを考えます。そういう意味では、あらゆるところから影響を受けていますね」

チャレンジすることで、理想の自分に近づける

目標通り、世界一のパティシエになり、子どもの頃からの夢を叶えたヤジッドさん。才能を持ち合わせていただけでなく、努力をたくさん重ねた結果でした。
「私は日常にチャレンジがないと退屈するんです。チャレンジを成功させるために、すごく規律正しい生活を送るようにしています。食事にもとても気をつけていて、野菜をたくさん摂り、水もたくさん飲みます。起きたら必ずコップ一杯のお水かお茶を飲み、前の日にすごく疲れていたとしても疲れを持ち越さないために、朝早く起きて運動をする。そうすることによって、僕が望む人生というものに近づいていけると思います。
この習慣は、少しずつできたもの。成功したら成功したなりに、それをキープできるように気をつけてきました。自己鍛錬というか、自分自身を戒めて、負荷をかけるようにしています」

最後に、この映画を通して伝えたいメッセージは?
「希望を持つこと、粘り強さを持つこと、その二つがこの映画で伝えたいことです。希望があれば、常に何かをしたいという意欲が保たれますし、それを実際の成果として最高の形にするためには、粘り強さが必要ですよね。それは菓子職人にとどまらず、さまざまな職人にも同じことがいえると思います。
次の夢は、幸せでいることですね。自分自身が生きていて、幸せだなと思うことが大事です。この映画は、成功を勝ち取ることを奨励しているわけではないし、経済的に豊かになることがゴールではないと思っています。
バランスの取れた人生を送り、自分の家族を作って、子どもができて、そして一緒にまた日本に来られること。それが僕にとってはとても幸せなことだなと思います。だからお金をたくさん稼ぐということではないんです。今はすごく幸せだなと感じています」
映画『パリ・ブレスト 〜夢をかなえたスイーツ〜』

育児放棄の母親の下、過酷な環境で過ごしている少年ヤジッドにとって唯一の楽しみは、フォスターファミリー(里親)の家で、団欒しながら食べる手作りのスイーツ。いつしか自らが最高のパティシエになることを夢みるようになっていた。やがて、児童養護施設で暮らしはじめたヤジッドは、パリの高級レストランに機転を利かせた作戦で、見習いとして雇ってもらうチャンスを10代で掴み取る。毎日180km離れた田舎町エペルネからパリへ長距離通勤し、時に野宿をしながらも必死に学び続け、活躍の場を広げていく。偉大なパティシエたちに従事し、厳しくも愛のある先輩や心を許せる親友に囲まれ、夢に向かって充実した日々を過ごすヤジッド。ところがそんな彼に嫉妬する同僚の策略で、突然仕事を失うことに。失意のどん底から持ち前の情熱でパティスリー世界選手権への切符をようやく手に入れるが…。
監督:セバスチャン・テュラール
脚本:セドリック・イド
出演:リアド・ベライシュ、ルブナ・アビダル、クリスティーヌ・シティ、パトリック・ダスマサオ、フェニックス・ブロサール、リカ・ミナモト
2023年/フランス/フランス語/110分/5.1ch/カラー
配給:ハーク、配給協力:FLICKK
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、日本スイーツ協会
(C)DACP-Kiss Films-Atelier de Production-France 2 Cinéma
公式X:@parisbrest_
3/29(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国ロードショー
PROFILE
ヤジッド・イシュムラエン Yazid Ichemrahen
1991年フランスのエペルネ生まれ。パティシエであり実業家としても活躍している。モロッコ生まれの両親をもつが父親は不在で、母親はアルコール依存症だったため2歳半からフォスターファミリーに預けられる。フォスターファミリーの息子がパティシエだったことで、お菓子作りと他者から認められることを初めて経験する。8歳でフォスターファミリーのもとを離れ、養護施設で暮らす。14歳のときパティシエとしての見習いを始め、17 歳でパリにあるパスカル・カフェ(世界菓子チャンピオン) で働き始める。1年後、モナコにあるジョエル・ロブションの「ル・メトロポール」でスーシェフとして働く。また世界的に有名なシェフであるアラン・デュカスの下で働いた経験をもつ。2014 年、22歳のとき、フランスチームのリーダーとして参加したGelato World Cup(冷菓世界選手権)で世界チャンピオンとなる。現在、アヴィニョンに自身の店舗を構えているほか、ギリシャ、スイス、カタールなどに店舗をオープンし実業家としても活躍している。ディオール、ルイ・ヴィトン、バルマン、ショーメなどのハイブランドとのコラボレーションなどでも話題となった。現在パリでの店舗を準備している。著書に『Un rêve d'enfant étoilé: Comment la pâtisserie lui a sauvé la vie et l'a éduqué(星の少年の夢:菓子作りが彼を救った理由)』、『Créer pour survivre et vivre pour ne pas sombrer(生き延びるために創作し、沈まないために生きる)』がある。
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photograph:Miho Kakuta text & edit:Mayumi Akagi
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