CULTURE
:市川染五郎さん10代最後の挑戦に満ちた夏 【歌舞伎座8月・9月公演】 インタビュー
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:能楽師、世阿弥の『風姿花伝』には、役者を花の成長に重ねた「時分の花」と「まことの花」という言葉が出てきます。「時分の花」とは、若い生命が放つ美しさ。役者は「まことの花」を目指しながら修行を積む中で、その時々の年齢によって相応しい花を咲かせます。舞台に映像に、近年活躍の幅を広げる歌舞伎俳優の市川染五郎さんは19歳。まさに歌舞伎界の“花”として咲く、10代最後の多忙な日々を伺いました。
「八月納涼歌舞伎」では、第一部から第三部に出演中

市川染五郎さんにお話を伺ったのは、猛烈な蒸し暑さが続く7月。大滝での立廻りが大評判だった『裏表太閤記』出演中、体力的にハードな日々を過ごす真っ只中でした。なにせ、滝に使用された水は毎日4トン! 水との格闘でさぞやお疲れ……と思いきや、「演っている方も楽しいです。できるだけ後ろのお客さんにも水しぶきが届くように、頑張って飛ばしています」と、涼しい笑顔を見せてくれました。
「水を弾く素材で出来た衣裳を着ているので、水を吸わないかわりに、袴にどんどん水が溜まっていくんです。水風船をつけて立廻りしているみたいなもので、終わって脱いだ途端、ブワーッと水が流れていくんですよ!」
舞台裏での苦労を話す口調もなんだか楽しそう。「ああ、この人は舞台が好きなんだな」ということが、じんわりと伝わってきます。そんな7月が千穐楽を迎えてホッとしたのも束の間。休む間もなく、今月の歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」では、第一部から第三部に出演中です。
「第一部の『鵜の殿様』は、今年の2月に博多座で踊ったばかり。こんなに早く歌舞伎座で再演させていただけるなんて、本当に嬉しいです。鵜飼を題材としたユーモラスな舞踊劇で、長袴で何度も盛大に転ばないといけないのが大変で。第三部は京極夏彦さん脚本の『狐花(きつねばな)』。ミステリーなので詳しくはお話しできませんが、斬新な新作になると思います」
市川染五郎として初めて見た景色を『また見られる』

さらに活躍は9月にも続きます。「秀山祭九月大歌舞伎」ではなんと、昼夜3つの演目で大奮闘!
「『沙門空海唐の国にて鬼と宴す(しゃもんくうかいとうのくににておにとうたげす)』は、夢枕獏さんが原作。僕が演じるのは阿倍仲麻呂で、8年前の初演にはなかった役なんです。父(松本幸四郎)が演じる空海という人物は、ミステリアスで魅力的で、すごく興味があります。時代のこと、仏教のこと、事前にいろいろと調べて舞台に立ちたいと考えています。『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』は、両花道を使うのでめったに上演されない大作。役者として一度は触れておきたいスケールの作品で、『ついにその日が』という気持ちです」
そして夜の部の最後『勧進帳』は、染五郎さんの家「高麗屋」にとって大事な演目。今回演じる源義経は7年前、染五郎襲名の時にも演じた思い出深い役でもあります。
「市川染五郎として初めて見た景色を『また見られる』感慨深さはもちろんあります。でも前回はちょうど声変わりの時期で、音域の狭さにすごく悩んでいた時期でした。課題ばかりのまま終わってしまった悔しさをリベンジしたいです」
日々の息抜きは車を運転しているひととき

近年は舞台のみならず、映像にも活躍の場は広がっています。大人気シリーズ『鬼平犯科帳』では、父・幸四郎さんが演じる長谷川平蔵の青年時代、“若き日の鬼平”こと長谷川銕三郎(てつさぶろう)という大役を担いました。今年公開された映画『鬼平犯科帳 血闘』のオープニング、やんちゃな青春を送る“銕”が大勢を相手に大立ち回りをする場面。キレのある動き、鮮やかな裾さばき、スッと見せた背中が、大人になった平蔵の後ろ姿に重なっていく場面は実に感動的でした。
「脚本の時点ですでに演出が書いてあって、試写で見るのがすごく楽しみな場面でした。時代劇の殺陣(たて)は歌舞伎の立廻りに比べると動きもく、また勝手が違います。いい経験をさせていただき、とても嬉しかったです」
『鬼平犯科帳』は大叔父にあたる中村吉右衛門さんの代表作の一つでもあります。過去、吉右衛門さんが若き銕三郎を演じた映像は少ししか残っていません。でも染五郎さんにとっては、そのわずかな映像が役を考えるうえで大事だったと語ります。
「“鬼平”は京都の撮影所で撮影していたので、自分の場面がある日に京都に行って、また東京に戻って……という感じで参加していたんです。行きの新幹線の中はもちろん、出番を待つ間など、隙間があればずっとおじ様の映像を繰り返し見ていました。何かを感じ取りたい、何かのパワーをいただきたかったんだと思います」
長いまつ毛が陰影をつくる美しい横顔と、静かな語り口から、クールで冷静沈着なイメージを抱いている方も多いはず。でも時々、喋っていると言葉が熱を帯びてくる様子からは、歌舞伎への愛と、先人へのリスペクト、努力家の顔がのぞきます。日々の息抜きは、「舞台が終わって車を運転しているとき」だとか。なにせまだ19歳――体験すること全てが新鮮で、新しい挑戦に満ちた10代最後の夏。完全燃焼の青春が、舞台に刻みつけられます。
公演情報
市川染五郎さん Profile
2005年生まれ、東京都出身。松本幸四郎の長男、祖父は松本白鸚。2007年6月歌舞伎座『侠客春雨傘』にて初お目見得。2009年6月歌舞伎座『門出祝寿連獅子』にて四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年1・2月歌舞伎座で行われた高麗屋三代襲名披露公演の『勧進帳』ほかにて八代目市川染五郎を襲名。
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text:Fumiko Kawazoe
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