フィンランドを代表する建築家・デザイナー、アルヴァ・アアルト。生誕125周年にあたり、アアルトの数多くの作品や妻のアイノとの手紙のやり取りなどを通して、彼の人生を描いたドキュメンタリー映画『アアルト』が現在公開中です。アルヴァ・アアルトはどんな人だったのでしょう、また人に寄り添うようなアアルトのデザインはどのようにして生まれたのでしょうか? 監督のヴィルピ・スータリさんにお話を伺いました。
子どもの頃から、アアルトの映画を作りたかった
アルヴァ・アアルトの知られざる素顔と、アルヴァと同じく建築家だった最初の妻アイノとの愛の物語を描いた初めてとなる本作。貴重な家族写真やアルバム、過去のインタビュー、アイノとの手紙のやり取り、同世代を生きた建築家たちの証言などを盛り込みながら、7か国で撮影された映像を通してアアルトの人生をひもときます。
監督した、フィンランドのヴィルピ・スータリさんは、子どもの頃からアアルトの映画を作ろうと考えていたといいます。
「私はロヴァニエミという小さな街で育ちましたが、そこにはアアルトの建築物がいくつかあるんです。そのひとつが市立図書館。大好きでよく通っていました。ロヴァニエミは戦後、アアルトやほかの建築家たちが集まって再建した街なので、私たちにとってアアルトはとても重要な存在で、家庭でもいつも話題になっていました。無意識のうちに、アアルト建築の持つ温かさに惹かれていたんですね」
やはり本国フィンランドでも有名で大きな存在だというアアルト。
「フィンランド人の家には、花器やグラスウェアなど何かしらアアルトのものがあるので、皆、彼の建築や家具、デザインについて意見を持っています。それだけ親しまれているからこそ、本当の姿を見たいと思いました。それをまとめるためには、私自身が映像作家として成熟し、自信を持って作る必要があります。30年以上ドキュメンタリー映画を作ってきて、今なら徹底的なリサーチと、それに基づく自分なりの意見を映画に反映することができると思い、ようやく作ることにしたんです」
モダンで時代の先駆者だった、最初の妻アイノ
映画のためのリサーチを始めた監督は、すぐに最初の妻、アイノに興味を持ったのだとか。
「アルヴァとアイノは1920年代に結婚し、アイノが1949年に亡くなるまで一緒に働きました。最初の頃、アアルト建築のインテリアデザインは、主に彼女が担当していました。もちろんすべてではありませんが、アアルトのスタイルの基礎は、彼女が作ったと言ってもいいと思います。私たちは今、アイノの存在を認めることがとても大切。だから彼女のことを思い出さなければいけないし、彼女の存在を認めなければいけません。
アイノはとても強い人でした。早くから女性運動が行われたフィンランドでも、1920年当時に女性で工科大学に行き、建築家になるのはとても珍しいことでした。それだけでなく母親、インテリアデザイナー、アルヴァと共に作った「アルテック」社のCEOでもあり、アルヴァにはなかった大工のスキルまであったんです。非常にモダンで、当時珍しかった写真を始めるなど、新しいものに興味を持つ人でした。また、アルヴァよりも先に女性の建築家たちと一緒に欧州に出かけたり、女性の建築家のための協会「アーキテクタ」も創立しました。
アルヴァにとっても、いい奥さんだったと思います。アルヴァはとても外交的で派手なところがあり、女性に言い寄ったり(笑)、ユーモアがあって口の上手い人でした。アイノはどちらかというと内向的で、確固としたセンスやスタイルを持っていて、アルヴァにはアイノの静謐さが必要だったんだと思います」
アルヴァが最初の妻、アイノに宛てた手紙の朗読から始まる本作。二人の手紙を入手することができたことで、映画が作れると実感したそう。
「写真や8ミリはあるのですが、アイノの記録はあまりなかったんです。手紙のおかげで彼女が何を感じていたのか、アルヴァとのクリエイティブな関係についてどう思っていたのか、知ることができましたね。手紙にはアルヴァへの皮肉を込めた文章もあり、読んですごく共感しました。アルヴァはどんどん旅をして活躍しているのに、アイノは家にいて家庭や会社の面倒を見ている。そこに『僕は毎日パーティをしてすごく楽しいよ』っていう手紙がくると、そんなにいい気持ちになれないですよね(笑)。でもアルヴァとアイノがどれだけ深く繋がっていたのかということもわかり、とても感動しました」
「彼女は手紙の中で『私はもっといい人間にならなければならない。アルヴァのようになりたい』と書いているのですが、孤独だったアイノの苦悩も見えて、悲しい気持ちにもなりました。アルヴァ自身も晩年、そのときのことをとても後悔しているという手紙を書いています。
また、アルヴァは『最初の頃、二人で一緒にクリエイティブにいろいろな仕事をしていた、あの時代が懐かしい』と繰り返し書いています。アルヴァにとってアイノは一番大切な人だったとわかりました。これは私の素人解釈ですが、アルヴァは8歳のときにお母さんを失っているので、もしかしたらアイノはアルヴァにとってお母さん的な存在だったのでは? 彼の慌ただしい人生のなかで安定させてくれる存在として、アイノを必要としていたのではないかと思います。アアルトファミリーもアイノの存在があまり知られていないことをとても残念に思われていて、もうちょっと知ってもらいたいという、彼らの気持ちも伝えたいなと思いました」
もう一人の妻、アルヴァの晩年を支えたエリッサ
アイノを失った3年後、アルヴァはエリッサと再婚。エリッサについては、これまであまり知られていなかったことかもしれません。
「2番目の妻であるエリッサも建築家ですが、アイノとは役目が少し違いました。オフィスで働くほかの建築家とアルヴァの仲介役をしたり、特にアルヴァが亡くなってから、アアルトの残した設計図面やデザイン、資料などを保存、管理するなど、オフィスを運営していくうえでとても大きな役割を担っていました。エリッサとアイノがとても似ていたというのは、ヒッチコックの『めまい』みたいですよね(笑)。時代や、エリッサとアルヴァには20歳ほどの歳の差があったというのもあるかもしれませんが、アルヴァは彼女の服装にまで口を出して、黒と白しか着てはいけないと言っていたんです。
アイノもエリッサもとても大変だったと思います。特に晩年のアルヴァと共に暮らしたエリッサは、60年代はフィンランドでどんどん若い建築家が出てきて、むき出しのコンクリート建築が流行った時代。アルヴァは若い世代から保守的な建築家だと批判され、機嫌も悪かっただろうし、アルコールの問題もありました。
とはいえ、アイノとエリッサはアルヴァと仕事ができていろいろなものを創造でき、素晴らしい人生でもあったと思います。エリッサはルイ・カレ邸でも責任を持ってプロジェクトに関わっていたので、クリエイティブで楽しかったのではと思います」
よりよい暮らしのための建築を考え続けたアアルト
美しい映像と音楽で、アアルトが手がけた家具や建築物が次々と映し出され、アルテックの家具やイッタラのアイテムなどの名作の誕生秘話も。北欧デザインが好きな人にはたまらない、何度も観返したくなるような作品です。最後に、監督がこの映画を通して伝えたいことを伺いました。
「まずアアルトの、建築に対する考え方がとても大切だとお伝えしたいです。アルヴァはいつも普通の人々のことを考えて、彼らがよりよい生活を送るために建築は何ができるのか考えることが必要だと言っていました。建築のための建築になっていて、必ずしも人の役に立っているわけではない建築物もありますが、アアルトたちによる、普通の人々の心理的な、あるいは身体的なニーズに応じて、彼らの生活の役に立つために建築があるんだという考え方は、とても大切なこと。私たちが覚えておくべきことだと思います。
また、人生や愛、遊び心についても伝えたいですね。遊び心はアルヴァも大切にしていたものですが、私はそれを踏襲して、サウンドデザインも美しく、遊び心があふれて生き生きとしたものを作りたいと考えました。実はアルヴァの手紙の声は、アーティストでもある私の夫が担当してくれたんですよ。アルヴァのインタビューは晩年のものしか残っていないので、真似するのは難しく、私にラブレターを読むようなつもりで読んで、と演出したんです(笑)。
映画を撮ってから、私のアルヴァに対する印象は全て変わりました。とても多層的にできている映画なので、誰が観ても、何かを得ることができると思います」
1967年生まれ。フィンランドのヘルシンキを拠点に、映画監督、プロデューサーとして活躍。ヨーロッパ・フィルム・アカデミー会員。映画『アアルト』は、“フィンランドのアカデミー賞”と称されるユッシ賞にて音楽賞、編集賞を授賞した。
監督:ヴィルピ・スータリ
制作:2020年 配給:ドマ 宣伝:VALERIA
後援:フィンランド大使館、フィンランドセンター、公益社団法人日本建築家協会
協力:アルテック、イッタラ
10月13日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、UPLINK吉祥寺
10月28日より、東京都写真美術館ホール ほか、全国順次公開
2020年/フィンランド/103分/©︎Aalto Family ©︎FI 2020 - Euphoria Film
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photograph:Chihaya Kaminokawa text & edit:Mayumi Akagi
※画像・文章の無断転載はご遠慮ください
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