猫が教えてくれる、たくさんの愛と幸せ 【猫沢エミさんと猫の話 vol.1】 猫が教えてくれる、たくさんの愛と幸せ 【猫沢エミさんと猫の話 vol.1】
特集猫と一緒に心地いい暮らし現在パリで2匹の猫と暮らす、ミュージシャンで文筆家の猫沢エミさん。特に1か月半の闘病の末、急逝した愛猫イオちゃんからは、多くのことを学んだといいます。イオちゃんとの日々を描いた最新刊の『イオビエ 〜イオがくれた幸せへの切符』の一部を2回にわたってご紹介。さらに、3回目では猫と生きることについてお話を伺います。
猫沢エミさんプロフィール
ミュージシャン、文筆家、映画解説者、生活料理人。2002〜2006年、一度目のパリ在住。2007年より10年間、フランス文化誌『Bonzour Japon』の編集長を務める。超実践型フランス語教室《にゃんフラ》主宰。著書に『ねこしき』(TAC出版)、『猫と生きる。』『パリ季記』(ともに扶桑社)など多数。2022年2月より愛猫を引き連れ、二度目のパリ在住。
Instagram:@necozawaemi
1回目は、イオちゃん視点で書かれた小説から。2匹の猫(スーちゃん、アブちゃん)と一緒に暮らした事実と、天国で猫沢家の先代猫(ピキ姉さん)に出会ったというファンタジーを織り交ぜた、イオちゃんのお話です。
猫沢組との出会い
ワタシ、外国へ行くのは初めてだけど、ちっとも怖くない。だってピキ姉さんは、今から20年も前にママとパリで暮らしていて、その話はよく聞いていたから。姉さんは、生まれてまだ間もない頃、誰かが生ゴミと一緒に袋に入れて捨てたところを間一髪、ママに拾われて。姉さんにとって、人間を信用するには時間がかかったそうだけど、「それからママと紡いだ愛の日々は輝いていた。特にパリで暮らした4年間は素晴らしかった」って、姉さんはワタシ、そして今、この飛行機の貨物室に乗っている姉さんのふたりの弟たちースーちゃんとアブちゃんにも話して聞かせてくれた。 あ、スーちゃんはピガピンジェリ、アブちゃんはユピテルっていう素敵な名前を本当は持っているんだけど、ワタシはふたりをこう呼んでいるの(なぜかって? その話はまたあとで)。スーちゃんは体格のいい凜々しい黒猫で、今年11歳の男の子。アブちゃんはかわいい茶トラの10歳で、やっぱり男の子なんだけど体がちっちゃくて、体重は元気な頃のワタシとおんなじだった。
スーちゃんは茶トラの兄弟と一緒に東京・荒川の土手に捨てられていた子。そして、アブちゃんは神奈川県の日吉の公園で、母猫に置き去りにされて鳴いていたところを保護されたんだそう。それから縁あってママが里親になった。ふたりはピキ姉さんを亡くして哀しみのなかにいたママに、もう一度、誰かを深く愛する幸せをあげられたのよ。……ワタシ? ワタシはイオ。ママを家長にピキ姉さん、スーちゃん、アブちゃんと続く通称《猫沢組》のなかで、いちばんの新参者。でも、もしかしたらいちばん年長の末っ子っていう、ちょっと不思議な立ち場。そして、先代のピキ姉さんに負けないくらい、ワタシとママの出逢いも劇的だった。
会えなくてもずっと続く幸せ
あれから1年半が経って、ワタシは猫の姿をなくした。だけどそれは、自然の摂理だから仕方がない。みんないつか必ずこの世を去るんだもの。もちろん、あともう少しだけ、みんなの傍にいられたらって思った。でもね、ワタシが逝くべき時は、あの時だった。それにね、どのみち傍にいるんだもの。生きてることと死んでいることに大差はないって、ママがよく言ってたけど、ワタシも実際死んでみて、本当にそうだなって思った。それでも、もう二度とおしゃべりしたり抱き合ったりできる実体としては会うことができなくなるのは、やっぱり寂しくて哀しいこと。それでも旅立つワタシの手を、苦しみながらも快く放してくれたママ。それがどれだけ大きな愛だったのか、この物語を読んでいただけたらきっとわかると思う。
ピキ姉さんとワタシを見送った東京のマンションを、ママは“猫楽園”って呼んでいた。愛する猫の最後の時を美しく送るための理想のホスピスなんだって。
「ここではね、時が止まるのよ。ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる“どこにもない家”みたいにね」
ママはそう言って、ワタシの右のほっぺにいつもキスしてくれた。もう左のほっぺにはキスできないほど、腫瘍で膨れ上がっていた時も。そしてワタシ、気がついたの。生きるって、今、この一瞬だってこと。愛し合って満ち足りた、この生きる一瞬があれば、死は怖くない。だって、あとは永遠に幸せが続くだけなんだもの。
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photograph:Megumi Seki(main) edit:Mayumi Akagi
※画像・文章の無断転載はご遠慮ください
※本記事は『イオビエ 〜イオがくれた幸せへの切符』(TAC出版刊)からの抜粋です。
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