すっかり私たちの暮らしに定着した感のある北欧デザイン。北欧やインテリア、デザインについて数多くの執筆を行う文筆家の萩原健太郎さんに教えていただきながら、あらためて北欧デザインについておさらい。今では世界的に人気の北欧デザインですが、その始まりの物語は20世紀初頭にまでさかのぼります。国ごとに見ていきましょう。
教えてくれた
文筆家・萩原健太郎さん profile
色褪せることなく、時間の経過とともに価値が増すものたち
アルヴァ・アアルトやアルネ・ヤコブセン……。シンプルにコーディネートされた空間に溶け込む、北欧の巨匠たちの名作の数々。半世紀以上の時を重ねたロングセラーばかりです。
【デンマーク編】
コーア・クリントを代表に
ミッドセンチュリーを彩ったデザイナーたち
デンマークデザインの礎を築いた人物として、コーア・クリントが挙げられます。いくつもの顔を持っていますが、家具デザイナーとしては、フォーボー美術館のためにデザインされた「フォーボーチェア」(1914年/カール・ハンセン&サン)が有名です。背もたれからアームにかけて半円を描き、後脚が弓を引いたようなフォルムからは、シノワズリー(世紀頃、ヨーロッパで流行した中国趣味)の影響とともにモダンな香りが漂います。このように、クラシックにモチーフを見出し、時代に合わせて進化させる「リデザイン」と呼ばれる手法は、クリントから始まったといっても過言ではありません。同時に、身体が包み込まれるような座り心地を提供するなど、「人間工学」についても重視されています。
リデザインと人間工学については、1924年、教授に就任したデンマーク王立芸術アカデミーの家具科において、後世に受け継がれます。直接的、間接的に教えを受けた、オーレ・ヴァンシャー、ボーエ・モーエンセン、ハンス J.ウェグナー、アルネ・ヤコブセンらによって、戦後、デンマークがミッドセンチュリーの主役を演じたことを考えても、教育者としての貢献は大きいといえるでしょう。
建築家としては、父との共作である「グルントヴィ教会」(1940年)などを遺していますが、こちらはガイドブックに掲載されるほど、コペンハーゲンの人気の観光地に。さらに、照明器具ブランドのレ・クリントの創業家としての顔もあります。以上のような功績から、“デニッシュモダンの父”といわれるのも納得です。
第二次世界大戦後、北欧デザインはアメリカをはじめとして世界中で評価されますが、なかでもデンマークのデザイナーによる家具は名作ぞろいです。
ジョン・F・ケネディが大統領選のテレビ討論会で腰かけたというエピソードを持つ「ザ・チェア」(1950年/PPモブラー)や、背もたれの“Y”のパーツが特徴の「CH (Yチェア)」(1950年/カール・ハンセン&サン)などを生み出したハンス J.ウェグナーは、その代表的な存在といえます。
双璧をなすのが「アリンコチェア」(1952年/フリッツ・ハンセン)や、自らが設計したSASロイヤルホテルのためにデザインした「エッグチェア」(1958年/フリッツ・ハンセン)などで知られるアルネ・ヤコブセンです。ヤコブセンは、建築から家具、照明時計、カトラリーまで手がけるなど、完璧主義者として知られました。
他にも、フィン・ユール、ポール・ケアホルムなど、類い稀なタレントが集結していたのです。照明においては「PH 5」「PHアーティチョーク」(ともに1958年/ルイスポールセン)などをデザインしたポール・ヘニングセンの名前を忘れることはできません。
【スウェーデン・ノルウェー編】
日用品をより美しく
1919年、スウェーデンの美術史家のグレゴール・パウルソンは、『日用品をより美しく』というエッセイをまとめましたが、この言葉は、今日に至るまでスウェーデンデザインのスローガンとなっているように思います。スウェーデンを代表する陶磁器ブランドにグスタフスベリがありますが、同社で活躍したのが、スティグ・リンドベリです。デザイナーとして、スウェーデン語で“葉”を意味する「ベルサ」などのテーブルウェアを手がけたほか、絵本『ちゃっかりクラケールのおたんじょうび』の挿絵、「楽園」をはじめとするテキスタイル、西武百貨店の包装紙を手がけるなど、マルチに才能を発揮しました。
ちなみに、アウトドアブランドのフェールラーベンの「カンケンバッグ」や、オレフォスやコスタボダなどのガラス器、ブリオやプレイサムなどの木製玩具などの日用品もスウェーデンデザインです。
ノルウェーについては、他の北欧諸国が外貨を稼ぐために、輸出品としてもデザインプロダクトを重視したのに対して、1960 年代に北海油田が発見され、オイルマネーを手に入れたことから、その必要性があまり感じられませんでした。そのため、デザイン後進国と呼ばれたりもしますが、赤ちゃんから大人まで使える椅子「トリップトラップ」(1972年/ストッケ)や、正しい姿勢を維持できる動的な椅子「バランスチェア(」1979 年/ヴァリエール)などが生まれています。21世紀に入ってからは、オスロの都心部のウォーターフロントに、「オスロ・オペラハウス」(2008年)やムンク美術館(2021年)が完成するなど、デザインに力を入れ始めたように感じます。
【フィンランド編】
国民のためのデザイン
最後にフィンランドを紹介しますが、すでに述べた4つの国と決定的に違う点があります。それは他が王国であるのに対し、共和国であることです。つまり、フィンランドには王室御用達はなく、ブランドもデザイナーも安価で庶民的なデザインをめざしたのです。
フィンランドの建築、デザインを語るとき、筆頭に名前が挙がるのが、アルヴァ・アアルトです。紙幣や切手にも肖像画が描かれ、2010年には大学の名前にもなった20世紀の偉人は、シンプルな本脚の「スツール60」(1933年/アルテック)、真鍮のシェードが美しい「ゴールデンベル」(1937年/アルテック)、湖のかたちや白樺の断面などモチーフに諸説あるフラワーベース「アルヴァ・アアルトコレクションベース」(1936 年/イッタラ)などをデザインし、フィンランドのどの家庭にもひとつはアアルトのプロダクトがあるといわれるほどです。
現在まで連なるテーブルウェアの原型を生み出したといえるのが、〝フィンランドデザインの良心〞と呼ばれるカイ・フランクです。「キルタ(現ティーマ)」(1953年/イッタラ)や、ガラスのタンブラー「カルティオ」(1958年/イッタラ)は、アノニマス(無銘性)の名作であり、フィンランドの家庭の食器棚の定番です。フランクは1956年の初来日以降、志を同じくする民藝の関係者と言葉を交わし、そして、日本の農村や窯元を訪れては、市井の人々や職人たちと交流を深めたそうです。
同年代に、北欧を代表するテキスタイルブランドが生まれていることを見逃してはいけません。 1951年にアルミ・ラティアが設立したマリメッコです。代表的なデザイナーに、「ウニッコ」(1964年/マリメッコ)をはじめ、500点以上の図案が採用されたマイヤ・イソラ、シャツの「ヨカポイカ」(1959 年/マリメッコ)をデザインしたヴオッコ・エスコリン=ヌルメスニエミ、「ブブー」(1975年/マリメッコ)をデザインした脇阪克二、現在は陶芸家として活動する石本藤雄らがいます。
こちらもチェック!
photograph:Shinnosuke Yoshimori styling:Yui Otani illustration:Atsumi Iwama text:Kentaro Hagihara web edit:Riho Abe
リンネル2023年12月号より
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