『長いお別れ』をはじめ、さまざまな題材をやさしく、かつリアルに描く、中島京子さんが今最も伝えたいこととは。
知らなかったことが、自分ごとになる。
ーーきっかけはSNS。日本在留の外国人をまるで犯罪者のように扱う批判の投稿でした。
「なんといってもショックですよね。こんなことが起きてるなんて知らなかった。信じられない。そして自分に何かできないだろうか、という気持ち。このことを知ったほとんどの人は、そう感じるんじゃないかと思うんです」
ーーおおらかな口ぶりながら、眉尻を下げた面持ちでそう話すのは、中島京子さん。認知症をテーマにした『長いお別れ』をはじめ、さまざまな題材をやさしく、かつリアルに描く、実力派の小説家です。そう、記憶に残っている人も多いでしょう。入国管理局に収容されていたスリランカ人、ウィシュマ・サンダマリさんの死亡事件。体調不良を訴え続けていたものの一向に聞き入れられず、それどころか、詐病であると疑われた末の結果でした。そのような実態を徐々に知り、「知ってしまったからには、伝えないわけにはいかない」と突き動かされ、折しも決まっていた新聞連載のテーマにすることを考え始めます。
「それで自分でも調べ始めたのですが、小説にするには難しいなぁとも思っていました」。第一に、難しい専門用語がとにかく多いこと。「在留資格って? 仮放免って何?と、私自身も知らないことばかりで。それを説明するのは、読むほうがいやになっちゃうだろうなと」
ーーもうひとつは、自身のポリシーに関することでした。
「私は小説の上で、拳を振り上げるような主義主張はしたくなくて。それが前面に出てくると、いやだと思われる方もいるだろうと思うんです」
ーーやがて思い至ったのは、愛の物語として仕立てること。そうして渾身の思いをこめて書かれたのが、最新刊『やさしい猫』です。物語は日本人女性とスリランカ人男性が出会い、恋に落ちるところから。いざ結婚しようとなったとき、「外国人というだけで、どうしてそんな仕打ちを受けるんだろう」と、胸をかきむしられるような理不尽な出来事が起こります。その壮絶な一部始終が、娘である女子高生が語り手となり、切なくもやさしい筆致で描かれます。
「仮放免中の外国人は、県境をまたいじゃいけない。移動を制限されるつらさは今、このコロナ禍になって、みんな感じていると思うんです」
新著『やさしい猫』
中島京子/¥2,090(中央公論新社)
夫と死別し、シングルマザーとして明るく懸命に働く保育士の日本人女性ミユキさんと、自動車整備士のまじめでやさしいスリランカ人男性クマさん。ふたりは震災のボランティアで出会い恋に落ち、結婚に至るが「外国人だから」という理由で、その幸せが突然奪われ……。入管に対する怒りとやるせなさが、愛すべきキャラクターへの感情移入で爆発し、涙が止まらない!
お話を伺ったのは……中島京子さん
PROFILE
なかじま・きょうこ/1964年東京生まれ。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年に小説『FUTON』でデビュー。10年に『小さいおうち』で直木賞、14年に『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、15年に『かたづの!』で河合隼雄物語賞と柴田錬三郎賞、および『長いお別れ』で中央公論文芸賞と、相次ぐ受賞歴を誇る。その他の著書に『エルニーニョ』『眺望絶佳』などがある。
photograph:Shinnosuke Soma text:BOOKLUCK web edit & text:Masako Serizawa
※写真・文章の無断転載はご遠慮ください
リンネル2021年12月号より
Related Article おすすめ記事
-
【お仕事インタビュー】 バレーボール日本代表・柳田選手の「新しい環境でもポジティブな心を保つ、暮らしの習慣」 【お仕事インタビュー】 バレーボール日本代表・柳田選手の「新しい環境でもポジティブな心を保つ、暮らしの習慣」
-
【映画『パリ・ブレスト』インタビュー】 天才パティシエのヤジッド・イシェムラエンさんが教えてくれる、夢をかなえる方法 【映画『パリ・ブレスト』インタビュー】 天才パティシエのヤジッド・イシェムラエンさんが教えてくれる、夢をかなえる方法
-
きくちゆみこさん「自分と向き合うことで他の誰かの役に立つことを願って」/新刊インタビュー きくちゆみこさん「自分と向き合うことで他の誰かの役に立つことを願って」/新刊インタビュー
-
三浦大知さん「好奇心が刺激されて毎日が楽しくなる音楽」/アルバム『OVER』インタビュー 三浦大知さん「好奇心が刺激されて毎日が楽しくなる音楽」/アルバム『OVER』インタビュー
-
中村倫也さん「文章は音色。自分らしいフレーズを大切にしたい」/新刊『THE やんごとなき雑炊』インタビュー 中村倫也さん「文章は音色。自分らしいフレーズを大切にしたい」/新刊『THE やんごとなき雑炊』インタビュー
-
土岐麻子さん「年齢を理由に、臆病や億劫にならずにいたい」/ベスト・アルバム『Peppermint Time 〜20th Anniversary Best〜』インタビュー 土岐麻子さん「年齢を理由に、臆病や億劫にならずにいたい」/ベスト・アルバム『Peppermint Time 〜20th Anniversary Best〜』インタビュー
-
大橋トリオ & THE CHARM PARK「音楽を通じて会話する様子を残したかった」/アルバム『Trio & Charm』インタビュー 大橋トリオ & THE CHARM PARK「音楽を通じて会話する様子を残したかった」/アルバム『Trio & Charm』インタビュー
-
榎本美沙さん「無心になれる季節の手仕事に救われる日々です」/新刊インタビュー 榎本美沙さん「無心になれる季節の手仕事に救われる日々です」/新刊インタビュー
-
溝端淳平さん「初心に返ることが、一番のモチベーションに」/舞台「カラカラ天気と五人の紳士」インタビュー 溝端淳平さん「初心に返ることが、一番のモチベーションに」/舞台「カラカラ天気と五人の紳士」インタビュー
-
鈴木亮平さん「自分のためにも、これはやるべき挑戦だと決意しました」/Netflix映画「シティーハンター」インタビュー 鈴木亮平さん「自分のためにも、これはやるべき挑戦だと決意しました」/Netflix映画「シティーハンター」インタビュー
-
青木冨貴子さん「ノンフィクションだけど、ラヴストーリーと思って読んでくださると、とてもうれしい」/新刊インタビュー 青木冨貴子さん「ノンフィクションだけど、ラヴストーリーと思って読んでくださると、とてもうれしい」/新刊インタビュー
-
白洲迅さんが挑む、シェイクスピアの最高傑作。「演じ遂げて、想像もできなかった世界を見たい」 白洲迅さんが挑む、シェイクスピアの最高傑作。「演じ遂げて、想像もできなかった世界を見たい」
Latest News
CULTURE
-
【2025夏に行きたい展覧会3選】 ワクワクするアート&イベントで、この夏は童心に帰ろう! 【2025夏に行きたい展覧会3選】 ワクワクするアート&イベントで、この夏は童心に帰ろう!
-
テーマは、疲れないオトナ旅! 漫画家ひうらさとるさんの初エッセイ『58歳、旅の湯かげん いいかげん』インタビュー テーマは、疲れないオトナ旅! 漫画家ひうらさとるさんの初エッセイ『58歳、旅の湯かげん いいかげん』インタビュー
-
インドひとり旅へ! 事前に準備したこと&持って行くといいもの 【ヘアメイク加藤恵さんの初インド旅 Vol.1】 インドひとり旅へ! 事前に準備したこと&持って行くといいもの 【ヘアメイク加藤恵さんの初インド旅 Vol.1】
リンネル最新号&付録
2025年9月号
夏のおしゃれ大調査Snap
- 付録
- ミッフィー
収納力がアップ&たためる
保冷ビッグトートバッグ
特別価格:1,480円(税込) / 表紙:蒼井優 /
2025年7月18日(金)発売 ※一部の地域では発売日が異なります